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「21世紀モード的眼差し、環境と風景を探して。」
Feb.‘04
はじめに;
「観光立国化と戦後日本の独自性としての、コンテンツ産業立国化」
昨年末に書店の店頭でもらってきた小冊子「草思」(2004年1月号草思社発行)が興味深い特集「日本の生きる道」をしていた。
「奇跡の経済成長も今は昔の話。もはや工業立国・貿易立国の基盤もアジア諸国の追撃に危うくなった日本は、物作りは得意でもソフトは危弱、食料の60
パーセントは輸入に頼り、輸入率100パーセントの石油無しには我が国は成り立たない。長引く景気低迷のうちにもはや日本は衰退の一途をたどるのみ。ー
ー言われてはいるが、本当なのだろうか。(中略)今直面する問題とその克服の道を考察してみた。」とプロローグに始まるこの特集は本来、全てが拝金主義
の大衆消費社会の全カタログ誌と化した一般教養誌で真剣に取り上げるべき内容であると信じているのは筆者だけであろうか。
ここで取り上げられている我が国の生きる道は4つ。「農業立国・日本は可能なのか」。「科学技術立国の落とし穴」。「観光立国への道ー醜き衰退から美
しき成熟へ」。そして、「日本の新たな資源としてのアニメーション」。ここで戦後日本のお家芸的なアニメーションやTVゲームのコンテンツビジネスが語
られている。
筆者が思うにBSE問題で現実としての「吉野家」牛丼販売停止や鳥インフルエンザによる関係業種の開店休業的状況は確かに目先の問題としては大変な事
件であろうがこの状況はもしかしたら今後の日本の食料事情の変化を促進し60パーセント輸入に頼っている我が国を救い、思いも寄らぬ方向へと進展させる
ベクトルになる可能性も考えられる。例えば、それはもう一度21世紀の僕たちが謙虚にそして、150年ほどタイムトリップをして江戸時代のような基本的
には自給自足を目指した菜食主義的な民族へ戻る一つの機会かもしれないと考えるのはどうだろうか?
筆者は90年代後半に既に我が国は2010年以降は「観光立国」化へという発想を持っていたのでこの特集はとても興味深く読んだ。筆者の主なる根拠は
隣国の「中国」が大衆消費社会化へと2008年の北京オリンピック開催と2010年の上海の万博以後、戦後の日本がその同じシナリオによって完全に現在
のような大衆消費社会構造を築き歩み始めたことを思い起こせば納得するであろう。「労働者」がいつの間にか「消費者」というニュアンスで語られるように
なったことその後、ハワイは観光メインの州として星条旗の星の一つに加わったことを想い出してみよう。
このような発想を持った以後、筆者の近未来への眼差しは「観光立国」化であった。資源の貧しさも手伝って、生産性よりも消費性を、サービスを生業とし
た現在のような国民の大半以上が商売人的感覚の民族と化してしまった以上、「観光立国」化は考えられる最善策の一つであろう。
社会がそのような「環境と風景」になったとき「ファッションビジネス」は今以上にサービス化を辿るであろう。同じような物がより、パーソナルメディア
を通じてトレンドと称されて例えば、携帯でトレンド情報を、コーディネート情報を、それにバーゲン情報などがコンテンツ化されると「ユニフォーニズム」
へと進展していくはず。そうした近未来を考えると各ブランドやショップ、デパートがどのような独自のサービスを持って顧客を満足させるかに行き着くのは
確実であろう。この現実を既に生業として行っているのが「エルメス」「ルイ・ヴイトン」などの老舗商法であろう。彼らたちは「イメージ、情報、安心そし
て、アフターケア」のサービスを150年前にやはり、同じパリで誕生した世界最初のデパート・ボンマルシェの「空間、品揃え、接客」サービスを基盤に時
代と共に常に新たなサービスを加え提案し現在に至っていることを熟知しよう。「継続はサービスなり」とでも言えよう。
従って、ファッションビジネスも今後、よりサービス業であるという発想は大事な視点となるであろう。
「今、東京にあってもおかしくないデザイナーホテル」
そこで、これだけありとあらゆる物が氾濫する中で、ない物を探すのが大変な東京でない物を挙げるとしたら、この「観光立国」化に通じるもので「デザイ
ンホテル」がない。アメリカンタイプの遅れてきた20世紀物ばかりが目につくこの東京で「デザイナーズ・ホテル」が無いのは21世紀的「環境と風景」を
イマジネーションした発想とマーチャンダイジングが欠如しているからであろうか?
「観光立国」+「サービス業」+「ファッションビジネス」=「デザイナーズ・ホテル」という公式が近未来であろう。30室ぐらいでクオリティーが高く
センス良くサービス良いホテル空間とそれに併設された自社ブティックとバーやレストラン、テラスカフェ。室内はハウスホールドの雑貨物からリネン、トイ
レタリーを含む五感に訴えるデザイン物でこぢんまりとした落ち着いたたたずまいの玄人請けするミニホテルをデザイナーや建築家とアーティスト、料理人た
ちとコラボレートして作る。これは確実に21世紀型のファッションビジネスの一つであろう。
が、残念ながらこの東京にはない。郊外型の商業施設がその生活環境が戦後も60年ほど過ぎると進化し豊かになってきたために生活者の行動ベクトルが都心型から郊外型へ移行してきた結果が現在のファッションビジネスの現実を語っているはずである。ならば、都心型は次なるビジョンを発想して「新たなる環境と風景」を創造すべきである。
これに一番近いところにいるのがファッションアパレルであろう。(余談になるが、15、6年前に筆者は既に青山の根津美術館付近でこれをやってはとあ
るアパレルに提言したことがあったのだが。)この界隈はファッション人間たちの参勤交代が行われるために少なくとも年4,5回は地方のバイヤーたちが上
京して来るという現実は30室でも口コミが人を呼ぶ物である。また、海外からのモード関係者たちが競って宿泊したくなるような東京的様式美をデザインさ
れたホテルは今是非、欲しいものである。パリではホテルコストがこの役割を果たしている。
20世紀の特化した物を世界レベルでコラボレートして新たな環境と風景を築くことがこれからの東京、すなわち「観光立国・東京」には必要であるはず
だ。ここに新たなファッションビジネスの新境地が生まれる。(このコンセプトで昨年オープンしたのが目黒のビジネスホテルを改造して出来上がったクラス
カであろう。ここは筆者流に言えば21世紀の風景がある。)また、80年代後期のバブル期にアパレルのビギが渋谷のラブホテルを買収したことを想い出
す。筆者はこの日本独自のラブホテルをリ・メイク、リ・モデルする方法もこれからは有りで非常に面白いと思うし、自らやってみたいことの一つである。ス
ケール的にも丁度良い規模であるし、利用者としてパラサイトと呼ばれる「豊かなる難民」現実に増殖してきた現在、ラブホテル利用者が増加している事実も
忘れてはいけない。我が家以外の棲み家を持つことの願望は文明が豊かになれば自然発生的な欲望現象である。ここには「時間消費」「男女消費」「クオリ
ティー消費」などが派生するはずだ。
「たとえば、オリエンタルバザーを見直そう。」
今回の帰国で新たな発見は表参道に戦後直ぐに出来た「オリエンタルバザール」の建築である。ここの内部は面白い。地下一階地上二階のこの規模が良いし
構造体がしっかりしているし、空間がゆったりしていることも良い。むろん立地は申し分ない。表参道に面した二階にはバルコニーもある。この規模で「十貨
店」をリモデルして「デザイナーズ十貨店」をリニューアル・オープンすればこれも21世紀の原宿の風景になることは間違い無しであろう。元々このオリエ
ンタルバザールは戦後、高岡の鋳物生産者たちが自らの地場産業をこの地で土産物へ転向させて商売をするために創設された物であるから、今後の「観光立 国」としての東京、原宿にはもってこいの環境であり風景になるはずだ。
いつも日本人は近視眼的な発想でこの戦後の現在の環境を築き上げてきたがもう、そろそろ次世代的な眼差しで21世紀をイマジネーションしてみようでは
ないか。その時、物事の「根っこ」から思い起こして考えることが大切なプロセスのスタートである。あまりにも、現在の東京人は近視眼的目先のみを落ちつきなく見ている様な気がしてならない。
投稿者 : take.Hirakawa | 2004年05月24日 10:12